車に明け暮れていた生活

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Posted by aycworldnews | Posted in 将来 | Posted on 10-12-2013

大学を落第することなく卒業した。四年という時間はあっという間に過ぎたが、予想通りというか、当然のように私の生活は車に明け暮れていた。毎日毎日、自動車部の部室に顔を出し、仲間と遊んだ。ダットサン・ブルーパード211、トヨペット・スーパー、クライスラー・プリムス、数多くの車を経験し、二年生のときにはマイカーを手に入れた。ヒルマン・ミンクスは、たった一年半で多摩川土手の藻屑と消えたが、かけがえのない時間をともに過ごせた忘れられない一台となった。大学生活では、自動車の花がいくつも咲いたが、問題は就職だった。自動車は遊び相手としては素晴らしかったが、いくら可愛がっても、仲良くしても、職までは与えてはくれない。社会人として「自分はどう生きていくのか」というイメージを、この大学の四年の間でのんきにはつかみきれずにいた。 Read the rest of this entry »

自動車レース大会の楯

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Posted by aycworldnews | Posted in 青春 | Posted on 09-12-2013

「栄光への5000キロ」はDVD化され、ある友人が送ってくれた。主演は石原裕次郎。どの組織にも所属しない「ジプシー・クルー」(レーシング・チーム名)のレーシングドライバー・五代高行として登場し日産のワークスドライバーとしてサファリラリーを戦う。マドンナ役は、まだうら若い浅丘ルリ子で、こちらは美しいファッション・デザイナーだ。この映画には日本グランプリも一部出てくるが、そのチームをサポートする日産特殊実験課長に仲代達矢、日産自動車常務に三船敏郎、サファリラリーの日産ワークスチーム監督を伊丹十三が演じる。この栄光への五000キロは、時代のズレが多少はあるものの、当時の自分の人生とダブりすぎるくらいダブる。 Read the rest of this entry »

自動車とレースと映画

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Posted by aycworldnews | Posted in 青春 | Posted on 08-12-2013

日本の渋滞は、最新の日本車で走るのが一番でしょう。朝のワイドショー番組ではわざわざ関越自動車道の渋滞のなかにレポーターを送りこみ、渋滞情報がどこまで正確かを試していた。大泉料金所から高坂SAまで、いかほど時聞がかかるかの中継である。高坂SAに着いたら、とんぼ返りで東京に戻ってくるらしい。GWに自分で運転して旅行に出かけることは本当に少なくなった。リビングから見える桜は、花が散ってずいぶん経った。春うららかな午前中の光が、新しい葉を透かしている。窓を開けると部屋に吹きこむ風は、涼しく心地よい。映画をDVDでゆっくりと観ることにした。女房にセットを頼むと、「あら、懐かしい。一緒に映画館へ行ったわね」『栄光への5000キロ』いったい何年ぶりだろうか。 Read the rest of this entry »

忘れることのできない日本車

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Posted by aycworldnews | Posted in 日本車 | Posted on 07-12-2013

ヒルマン・ミンクスは、自動車を所有する喜びと厳しさを、身をもって教えてくれた。成城大学の松の木の下に、自分の車をとめることもできた。女の子とドライブ・デートもした。彼女は渋谷のエンコにもめげず、その後何度もヒルマンに乗ってくれた。東京中を走り回り、信州に出かけ、東北へ出かけた。「あの日、銀座で待っていたのは男の人でした」「自動車とはこういうものだ」と暗褐色のシートに座る彼女の笑顔を何度も見た。そのたびに私も笑った。ヒルマン・ミンクス。世田谷から赤坂に満身創摸の私を運んでくれたミニに、ちょっと似ている気もするのである。鮮やかなレッドのミニは、大事な場面でエンコすることは一度もなかった。青春をともに駆け抜けた、忘れることのできない日本車のコロナとニッサン・ブルーパード。 Read the rest of this entry »

初めてのマイカーの最後

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Posted by aycworldnews | Posted in 青春 | Posted on 05-12-2013

ヒルマンのウィークポイントのひとつでもあったから、普段は針金を二重巻きにしてしっかりと止めていたが、それでもはずれてしまった。突然、足下にふわりと炎が吹きこんできた。すぐに車を停め、ボンネットを開けて消火にとりかかった。とはいっても川の水を汲むわけにはいかない。そのときに着ていたへリンボlンのジャケットをエンジンにかぶせて火を消すことを試みた。そこへ薄情にも炎を目にして散っていった友人たちが、砂利をすくってエンジンにかけ始めた。そんなことをしたら、エンジンルlムが滅茶滅茶になる。やめろと叫びながらも、消えない火を消すことに必死だった。果敢な消火活動むなしく、ヒルマンはへリンボーンのジャケットともに全焼した。一巻の終わりである。二年生の夏に買って、四年生になろうとしていた春にヒルマンはこうして私の前から姿を消した。初めてのマイカーは、一年半の命だった。 Read the rest of this entry »

大好きな車

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Posted by aycworldnews | Posted in 青春 | Posted on 04-12-2013

その昔、リッター40円前後だったガソリン代は、当時の物価水準から考えれば、目が飛び出るほど高かったのです。ジレンマといえばジレンマだった。大好きな車には乗りたいが、車はガソリンがなければ走らない。そう簡単には走らせられない毎日だったが、それでも、ヒルマンとの大学生活を楽しんでいた。友人たちとともに楽しむマイカー、それで充分誇らしかった。あれは期末試験の前日だった。友人のひとりが私に言った。「お前の車でドライブに出かけよう」当然断った。お前たちと無駄に走る、そんなガソリンはない。しかし断り切れない性格と、そう誘われて、まんざらでもないスケベ心がヒルマンの命運を決定づけた。 Read the rest of this entry »